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[新Vol.4] 東京工業大学

リベラルアーツを重視し、気概を育てる教育改革を実践

2016/11/04  タグ:  

東京工業大学基礎DATA

本部所在地 東京都目黒区
設置形態 国立
学部(学院) 理学院/工学院/物質理工学院/情報理工学院/生命理工学院/環境・社会理工学院
学生数 4734名(2016年5月1日現在)

大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングなど座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働など、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあるといえるだろう。
このシリーズでは、「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目し、学長および改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく(リクルート「カレッジマネジメント」誌との共同企画)。各大学が活動の方向性を模索する中、様々な取組事例を積極的に紹介していきたい。
今回は、2016年度に学部と大学院を一体として「学院」とする大胆な改革を行った東京工業大学で、三島良直学長と、水本哲弥副学長(教育運営担当)、佐藤勲副学長(国際企画担当)にお話をうかがった。

1. “入学がゴール”からの脱却

S_mishima_titech三島良直学長は、東京工業大学の学生について「大学に入ったところがゴールになっている」ことが課題だと指摘する。「難関の入試を突破して希望の東工大に入ったときは、やはり目が輝いていると思います。ところが一部の意欲的な学生を除いて、だんだんその輝きがなくなっていく」。それは大学が、サイエンステクノロジーを学ぶことの面白さ、そしてそれを身につけた人生を何に賭けていくかという「志なり気概なりを育てる教育」をしていないからだと三島学長は言う。だからといって、「気概を持て」と精神論を説く方向への教育改革にならないのが理工系のトップ大学らしいところで、必要なのはカリキュラムの体系化だとロジカルに考える。
「教えるべき科目の設定はされていても、一つの科目とその前後の科目との連携が十分考えられていない、一言で言うと『系統立ったカリキュラムではない』ので、学生から見ると、まだ教わっていないことが急に前提のように出てきたりして、だんだんつまらなくなっていく、ということは否めません」。
学生の「ハートに火をつける」には、初年次の科目は、インスパイアリングなものを揃えるなど、漠然としている専門分野がある程度明確にできるように工夫されていること、2年次以降の専門科目は、しっかり系統立てられていることだと三島学長は言う。

2. 学部・大学院を一体化した系統的なカリキュラム

三島学長が就任した4年前から、改革に向けた全面的な教育の見直しが始まった。「なぜ学部と大学院が別々になっているか」が最初の疑問だったという。「世界のトップ大学の教育システムを参考にしても、東工大の学部生の90%が修士に進学する実態からも、学部も大学院もない『系統的なカリキュラム』で、上に行くほど専門が細かくなるというのがいいのではないか」(三島学長)。
2015年度までの課程は、学部の2年から学科に分かれ、大学院は改めていずれかの研究科・専攻の試験を受けるという、日本の大学では一般的なもの。しかしこの教育システムは、学部から大学院へのカリキュラムの連続性が十分でなく、材料系(金属、無機、有機に大きく分かれる)を例に取ると、金属専攻の学生が無機や有機を学ぶ機会が少ないという弱点もあった。
「金属が専門だから無機のことは全然知りません、というのでは『材料屋』ではない」と三島学長は言う。「○○屋」は○○学のプロであるという自負を含む理工学者の物言いで、「材料屋ではない」というのは、非常に否定的な評価なのだ。
「学部では、材料系なら材料系という大くくりで基礎を教えるということが一つです。大くくりの中の基礎は全部やって、3年生ぐらいで金属なり無機なりに行く、さらに大学院に進めばより細かく専門を選択していく、というカリキュラムの考え方をとりました」
最終的に、従来の3学部23学科、大学院6研究科45専攻が、学部大学院をつなげて6学院19系にまとめられた。

「将来の自分の活躍する場所を考え、自分の専門はもちろん、人間力とか教養とか、語学とか、自分が将来やっていくために必要だと思うものを、自分から取りにいく大学にするというのが東工大の目標です。それがイコール、キャリア教育ですよね」(三島学長)。
もう一つ、三島学長がこの「教育改革」に期待するのが「研究改革」への好影響だ。「学士課程の初期段階に目的意識を持って基礎を勉強すると、卒業研究時点の学生の意識と能力、知識、取り組む姿勢は、今までより格段に上がるだろうと。それにより大学の研究レベルも上がりますよね」(三島学長)。

3.リベラルアーツ教育を強化

今回の改革でもう一つ重要なのは、リベラルアーツの強化だ。東工大は理工系のみの大学でありながら、人文社会系の教養教育を充実させてきた。その長い伝統を継ぎ、リベラルアーツ研究教育院を設立した。
象徴的な科目が学士課程1年目の必修科目「東工大立志プロジェクト」だ。様々な分野の第一人者の講演を、1学年約1100人全員が講堂で聞き、それを素材に30人ほどのグループに分かれてディスカッションを行う。「理工系の学生に今最も必要とされているリベラルアーツ」として、専門外のトピックに対して、人の考えを聞き、自分の意見を説明する力を身につけるのが目的だ。
このような少人数でのディスカッションスタイルのリベラルアーツ科目は、博士後期課程までずっと選択必修で置いてある。

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改革初年度、半年が経った時点の実感として、水本哲弥副学長(教育運営担当)は、「1 年生の目の輝きがいつもと違う、彼らのハートに火がついたというのを明確に感じています」と言う。例えば「東工大立志プロジェクト」の活況だ。「いちばん強く感じたのは、2000年ノーベル化学賞受賞の白川英樹先生の回でした。講堂での講義の最後に、『質問は』と言っても、普通は誰も手を上げませんよね。大人数だとなおさらです。ところが、もうめちゃくちゃ手が上がって。東工大生とは思えない(笑)。これは違うなと思いました」。

佐藤勲副学長(国際企画担当)は「実は東工大の学生って、もともとこういう議論は本当に好きなのですよ」と言う。三島学長も「逆に言うと今まで、機会や場を作ってあげることができていなかった」とうなずく。それを受けて佐藤副学長は「この教育改革で、『東工大立志プロジェクト』修士課程の『リーダーシップ道場』などの機会ができて、お互いコミュニケートすることが面白い、先生方も認めてくれる、という雰囲気ができ上がると、本当に好きだからやりますよ。そういう学生がだんだん増えてきて、それが教員に波及をしてきて、これなら自律性も引き出せるという認識をし始めている。それは大きなことではないかと思います」とまとめた。

4.教育を変えて、組織を変える

「大学改革で最も難しいのは、組織を変えることだと思います。ですから初め組織を変えるということは出さずに、教育をどうするかを考えようとスタートしました」と三島学長は語る。
賛成が得られやすい「教育改革」から入っても、「今東工大の学生は、立派な大企業に就職して、非常に高い評価も得ているのに、どこが悪いのか」と反対はやはりあった。しかし東工大の大学改革が目指すのは「世界最高の理工系総合大学」。「世界には通用しない側面も多いですよねと説得していくと、次第に賛成してくださる方も出てきて、6学院19系という仕組みまではなんとかいきました」(三島学長)。
その過程は、いくつかの会議体を使い分けながら、丁寧に進められた。2012年10月に学長補佐室(教授3名、外部1 名の計4 名)、1 年後の2013 年9月に大学改革推進本部(理学部・工学部・生命理工学部の学部長、学部を持たない大学院である総合理工研究科の研究科長)を設置。補佐室による素案を改革推進本部で検討した上で評議会などの意思決定機関に進めた。メンバーの重複しない組織の「2段構え」、改革推進本部のメンバーは部局長ではあるが部局の利益代表ではないという位置づけ、大岡山・すずかけ台両キャンパスでの全学説明会など、様々な設計と配慮がなされた。その甲斐あって、「いよいよ最後という本丸の組織変更のところに来たら、意外に、すんなりみなさん、納得してくださいました」(三島学長)という展開になった。

5.検証し改善してより良いシステムに

今後の方向性については、今年入学した1年が修士課程を修了する6年後を一つの目安に、この改革が本当に成功する軌道に乗っているための施策が最重要だという。
「これだけの大きな改革ですから、始めてみると、プランにバグがありました。1、2年はまだ頻繁に出てくるバグをマイナーに修正しながら、いいシステムを作り上げていく。そこからまたさらに数年で、そのシステムを軌道に乗せていく」(三島学長)
佐藤副学長によれば、動き出したシステムの「バグ取り」「システム改善」となれば理工系の教員としては腕の見せ所とあって、協力的な教員も多いという。
「6年後なり10年後なりに、MITやCALTechの学部を出た学生が、大学院は東工大を選ぶ、というのが一つの夢ですね」。三島学長はそう言って笑顔を見せた。

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