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File.01 横浜市立大学 データサイエンス学部
数理・データサイエンス・AIの「学ぶ」を「働く」とどうつなぐか
2026/04/10
横浜市立大学データサイエンス学部 基礎DATA
-開設 2018年度
-学科 データサイエンス学科
-MDASH 応用基礎レベルプラス(2022年選定)
―
大学院データサイエンス研究科
-開設 2020年度
-専攻 データサイエンス専攻/ヘルスデータサイエンス専攻
DX(デジタルトランスフォーメーション)が不可避な産業界のニーズを受け、大学(高等教育)でのデータサイエンス教育が注目を集めている。一方で、「データサイエンスを学ぶ」だけでは、その学びの成果を社会で十分に発揮することは難しいと考えられる。分野ごとの知識(ドメイン知識)、社会人としての倫理・哲学、汎用的能力、対人基礎力をはじめとする非認知能力などがなければ、データサイエンスの「学ぶ」は「働く」につながっていかない。
このシリーズでは、数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(MDASH)で認定された大学・学部学科で話を聞き、数理・データサイエンス・AIを学んだ人材が社会で活躍するために必要な力とは何かを探り、その力を身につけさせるための取組の事例を紹介していく。
今回は横浜市立大学データサイエンス学部で佐藤彰洋教授に伺った。サイトに掲げられていた前学部長(土屋隆裕学部長※2025年度時点)の学部長メッセージ「実際に手を動かすPBL教育を通じて、論理的思考と直感的洞察との調和を重視した教育を展開する」の意図が、現場で具現化されていることが強く感じられる取材となった。
※取材は2025年度(2026年2月)に行いました。記事内のすべての情報は取材時点のものです。
1.学生が社会で直面する「規範」「倫理」の課題
データサイエンスは必ずしも「理系」の学問ではない。しかし、数理的な素養が不可欠なため、カリキュラムは従来の理系教育のように数学重視のものとなる。横浜市立大学データサイエンス学部でも、線形代数や微分積分といった基礎数学、数理統計学や数理モデルの科目が、特に1・2年次で非常に重く、学習時間の多くを占める。

佐藤彰洋教授は「その結果、会計学、法律、倫理や哲学といった、概念や言葉を重んじる学問を体系的に学ぶ機会が不足しがち」だと指摘する。佐藤教授はこのようないわゆる文系科目を「規範的(な学問)」と捉え、データサイエンス教育においてはドメイン知識として重要と考えている。
「学問には、事実を記述する『記述的・ディスクリプティブ』な側面と、どうあるべきかを問う『規範的・ノーマティブ』な側面があります。理系教育では後者の『べき論』が避けられる傾向にありますが、社会で働くためのデータサイエンス教育には、法律や倫理といった、人間としての思想や規範を教える機会も必要だと感じます。それらを学ばないまま社会に出ると、困難に直面した際にどう判断すべきか迷ってしまうだろうと思います」。記述的な側面のみに偏重していると、例えば「社会におけるサイエンスの役割とは」といったシンプルだが根源的な課題に出会った際に、考えの「拠り所」がない、といったことだろう。
実際には、1・2年次のカリキュラムには法律や倫理を入れる余裕はなく、他学部開放科目や3年次以降に配属となる研究室で、各分野に必要な範囲を学ぶ形をとっている。「学生は実際のデータや共同研究に触れながら、マーケティング、医療、情報、AIなど、各研究室の専門分野に特有の倫理や法規に直面します。例えば医療分野では、医師との共同研究の中でデータの取り扱い規則を学びますし、企業との共同研究では機密保持やデータ管理の厳格さを体験的に理解します。これが、バラバラな知識を社会で役立つ一つのストーリーにつなげるための設計だと考えています」(佐藤教授)。
「規範」の中で、横浜市立大学におけるデータサイエンス教育で特に重要性が認識されているのが「倫理」だ。法律や倫理の問題は、社会に出れば必ず直面するものだが、特にデータサイエンスの分野では、個人情報の取り扱い、データの利用範囲、分析結果の解釈など、倫理的判断を伴う場面が多く存在する。「条文に基づき機械的に適用できる法律とは異なり、倫理は、人間関係におけるコミュニケーションの中で形作られる規範です。『不快感を抱く人はいないか? いなければやって良い』とか、『社会から嫌われ、自分にとってもマイナスになるから、このデータは使わない』といった動的なものです」(佐藤教授)。状況や時代によって変化するものであるだけに、倫理を一般論として教えること・学ぶことには限界がある。しかし、対話を通じてつかむ「やって良いこと」の境界線が倫理の規範だと考えると、コミュニケーション力を向上させることが、倫理の学びとしても有効という可能性が見えてくる。
2.ペアPBLで社会展開力を養う
横浜市立大学では、データアナリティクス力(分析)、データエンジニアリング力(実装)、社会展開力を「3つのデータサイエンス力」と位置づけている。このうち社会展開力の学びの場として学部教育で大きな役割を果たすのが、3年次後期に研究室単位で行われる必修科目「PBL演習(非構造化データ)」だ。授業形態は研究室ごとに異なり、佐藤教授の研究室ではペア(2人1組)での活動となっている。「『データ・ハッカソン』と呼んでいる、データと対峙するプロジェクト実践を取り入れています。ペアを重視するのは、1人の作業では得られないコミュニケーションの摩擦を経験させるためです。1人ではAIや検索エンジンだけで完結してしまいがちですが、2人だと予定調整の煩わしさや、意思疎通がうまくいかないもどかしさを経験します。この不都合こそが、社会展開力を養うと考えています」。
コミュニケーションに苦手意識を持つ学生から、ペアワークに対する嫌悪感や、1人で進めたいという不満などは出ていないのか、佐藤教授に尋ねてみると「普段の講義では友達と話さずに帰宅してしまう学生も、密に連携せざるを得ない環境に数カ月のあいだ置かれることで、結果的に深いネットワーキングを形成しています」とのことだ。「ペア制にすることで、1人なら諦めてしまうような場面でも、互いに励まし合いながら取り組むことができます。3人以上のグループと違って常に緊張感のある環境で、パートナーへの責任感から踏みとどまらざるを得ないということもあると思います」。
3.「イベント駆動型」学習で主体性を引き出す
佐藤教授がPBL授業に採用したのが、国土交通省や総務省などが主催するコンペティションへの挑戦を課題とするやり方だ。「2025年度に参加した『公共交通オープンデータチャレンジ2025』では、『公共交通のオープンデータを活かした、新しいアプリケーションやサービス』というテーマに対し、学生たちが『バスの3D走行シミュレーター』などを開発し、一次審査の面接も経験しました」。

佐藤研究室の学生による「公共交通オープンデータチャレンジ2025」出展作品「バス路線3Dシミュレーター BUSSIM.GO」のデモ画面。3D都市の中で路線バスの乗車体験ができる
さらに、佐藤教授は自身でも、横浜市立大学サマーデザインワークショップ運営委員、MESHSTATSアプリケーションアイデアソンの運営実行委員長などを務め、コンペティションイベントの企画運営に積極的に参画している。
コンペティションの活用は学生の自主性や主体性を引き出すために有効と佐藤教授は言う。「大学2年次までの学生は、試験に合格して単位を取るというプレッシャーの中にいます。そこでの評価軸は『言われたことを正しく覚える』ことに偏りがちですが、社会で求められるのはその逆で、正解のない世界で自ら問いを立てる『主体性』です」と言い、だからこそ、デッドラインのある外部のリアルな課題に向けて自ら目標を設定し、主体的に学ぶ形を、佐藤研究室におけるPBLの標準的なスタイルにしているという。
「学生たちは意外にも『自分でテーマを決めて自主的に取り組む』ことを喜んでいます。これまでの『講義を聞いてテストを受ける』という受動的な学習とは正反対のプロセスだからでしょう。何をしていいか分からずモチベーションが下がる時期もありますが、総じて『楽しかった』『やってよかった』という感想が多いですね」(佐藤教授)。
このようにテーマ設定を外部に求めることは、学生たちの主体性を引き出すための機会創出が主な目的だが、期待できる効果がもう1つある。教員の負担軽減だ。PBLという授業形態は、教員の負担が非常に大きい。佐藤教授も「運営には各大学とも苦労しているはず」と語る。テーマ設定・協力企業とのやりとりなどを外部化することで、教員はプロジェクトのコントロールに集中でき、結果として負担軽減につながる。
4. 多様な就職先とデータサイエンスの強み
卒業生の進路は、コンサルティング業界への就職者が比較的多いのが特徴だ。研究室により差はあるが、例年コンサルティングや専門サービス業への就職者が10%以上、年によっては17%程度に達することもある。社会展開力を磨き、PBLを通じて社会課題の解決に取り組む実習を経験しているために、コンサルタントを志望し、採用される学生が多いのではないかとも考えられる。佐藤教授によれば、コンサルティングファームにおいては、システムエンジニアとコンサルタントの中間に位置するような職能への需要が高まっているという。「本学(学部)の学生は、現在の企業活動において蓄積されている膨大なデータを扱う技術に加え、分析結果をパワーポイントなどで視覚化し、文脈を整理して伝える『分析レポート作成能力』も養われています。これは一種の高度なコミュニケーション能力であり、報告業務の多いコンサルタント職をはじめ、分析力が求められる製造業の企画職・設計職などでも高く評価されていると思います」(佐藤教授)。
コンサルティングファーム以外の就職先として、製造業や小売業、金融機関など多岐にわたる。それぞれの業態における開発部門や、企画・計画部門などで採用されており、特にDXを推進している企業からは、「データサイエンスの素養を持つ人材」が強く求められている。
データサイエンスを学んだ学生の強みは、「数字を通じてあらゆるドメインにスムーズに入っていける点にあります」と佐藤教授は言う。「どのような業種であっても、資金・資源計算などの数量的な側面は必ず存在します。数値データという共通言語を介することで、特定の分野の深い専門知識が未習得でもコミュニケーションをとることが可能です」。もう一つの強みは、大量のデータを扱う「耐性」だ。膨大なデータに立ち往生するか、「大学で経験済みだ」と動じずに取り組めるか。それは現場において大きな差となって表れる。
5. 目指す「卒業生像」
佐藤教授が描く理想の卒業生像は、専門知識とデータに基づくAIや機械のような「人間離れした処理能力」と、社会展開力を発揮して現実世界と紐付く「アクティブな人間性」とを兼ね備えた人物だという。「ChatGPTなどのAIは受動的であり、問いかけられなければ動きません。これからの時代に必要なのは、自ら問いを立て、社会制度や倫理を理解した上で、技術を駆使して主体的・能動的に動ける人間。専門知識と社会展開力の掛け算ができるデータサイエンス人材を、これからも育てていきたいと考えています」。


