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File.02 久留米工業大学
数理・データサイエンス・AIの「学ぶ」を「働く」とどうつなぐか
2026/06/20
久留米工業大学 基礎DATA
-AI応用研究所開設 2020年度
-工学部 学科
機械システム工学科/交通機械工学科/建設・設備工学科/情報ネットワーク工学科/教育創造工学科
-MDASH
リテラシーレベルプラス
(2021年選定)
応用基礎レベルプラス
(2022年選定)

DX(デジタルトランスフォーメーション)が不可避な産業界のニーズを受け、大学(高等教育)でのデータサイエンス教育が注目を集めている。一方で、「データサイエンスを学ぶ」だけでは、その学びの成果を社会で十分に発揮することは難しいと考えられる。分野ごとの知識(ドメイン知識)、社会人としての倫理・哲学、汎用的能力、対人基礎力をはじめとする非認知能力などがなければ、データサイエンスの「学ぶ」は「働く」につながっていかない。
このシリーズでは、数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(MDASH)で認定された大学・学部学科で話を聞き、数理・データサイエンス・AIを学んだ人材が社会で活躍するために必要な力とは何かを探り、その力を身につけさせるための取組の事例を紹介していく。
今回は久留米工業大学で小田まり子教授(AI応用研究所所長)に伺った。座学にとどまらない実学重視の「地域課題解決型AI教育プログラム」は、MDASHのリテラシー・応用基礎の両レベルでプラス選定という高い評価を得ている。
※取材は2025年度(2026年3月)に行いました。記事内のすべての情報は取材時点のものです。
1.AIは工学の全領域に不可欠の要素
久留米工業大学は工学部のみ1学部5学科の小規模工学系大学。従来から地域連携・産学連携による教育研究に注力しており、2020年度にAIを用いて地域産業の課題に取り組む「AI応用研究所」を設立。そこに寄せられる実課題を演習のテーマとする「地域課題解決型AI教育プログラム」を全学に導入した。
小田まり子教授(AI応用研究所所長)は、「学生が社会に出た際、AIを一つのツールとして有効活用できるエンジニアになってほしい」という意図で設計したと言い、その背景には「現代社会において、数理・データサイエンス・AIは工学の全領域で不可欠な要素」との認識があると言う。久留米工業大学の「AI人材」の捉え方は、工学教育に数理・データサイエンス・AIの教育を掛け合わせて各領域に輩出する「進化した産業人」に近そうだ。それは「人間味豊かな産業人の育成」という建学の精神に沿ったものでもあるのだろう。
2.実践的学びから基礎を学び直すサイクルも
久留米工業大学のAI教育プログラムは、全学科の学生が履修可能な設計となっている。1年次にMDASHのコア科目「AI概論」「AI活用演習」を必修で履修。並行してコンピュータリテラシーや数学・統計学基礎も習得するが、これらの基礎科目は入学直後のオリエンテーションでの試験結果に基づき、習熟度別にクラス編成して指導しているという。実業系の高校(商業・工業)出身で数学の履修科目が少なかった学生もいるなど、学力層の幅が広いという課題に対応するものだ。
2年次前期からはPBL科目の「AI実践プロジェクトⅠ」が始まり、他科目を含め2年次から3年次にかけて継続的に実践的な学びができる仕組みとなっている。また2026年度からは、単にAI技術を学ぶだけでなく、「AIを活用して人々や地域のウェルビーイング(幸福・豊かさ)を向上させることができる技術者の育成」を重視し、「AI・ウェルビーイング工学PBLⅠ・Ⅱ」も用意される。この科目では地域課題を対象に、技術的な解決だけでなく、その成果が人や社会にどのような価値をもたらすのかという視点からも課題解決に取り組んでいくという。
PBLは1年次で基礎学力を身につけたうえで2年次から始まるが、PBLでの実践を通じて基礎の必要性を実感し、基礎を学び直すという学習サイクルも重視しているという。「AI教育プログラムの『修了証』は数学などの基礎科目を含む成績によって3つのグレードがあり、高いグレードを目指して基礎を学び直す学生も見受けられます」(小田教授)。
3. 幅広く具体的な課題で地域企業と協働する「AI実践プロジェクト」
「地域課題解決型AI教育プログラム」の看板科目ともいえる「AI実践プロジェクト」は、情報ネットワーク工学科に限らず全学科の学生が参加できるカリキュラム構成をとっている。「受講生は、情報ネットワーク工学科の学生が多くを占めますが、機械システム工学科や教育創造工学科などの全学科から、モチベーションの高い学生が参加しています」(小田教授)。
PBLのテーマは、地域のニーズに加えて学生のニーズが多岐にわたることを考慮し、あえて幅広い分野から選定している。「AIがいかに幅広い領域で応用可能であるか」を学生に実感してほしいのだと小田教授は言う。
これらのプロジェクトは、久留米工業大学が推進するコーオプ教育(Cooperative Education)の考え方に基づいて運営されている。学生、企業、自治体、大学教員が協働しながら実際の地域課題に取り組むことで、教室だけでは得られない実践力や社会実装力を養っているという。また近年は他大学の学生や教員も参加する形へと発展し、大学の枠を越えた共創型学習の場となっている。実際に、医療・看護・健康といった分野のテーマは、久留米市にある看護系の聖マリア学院大学と連携して強化している。久留米市は人口当たり医師数の多い医療都市であり、地域の病院などから寄せられる課題をAIで扱う事例が増えているためだ。テーマはさらに高齢者支援、ウェルビーイング向上、地域医療支援などにも広がりを見せており、AIによる診断支援やデータ分析だけでなく、人々の生活の質(QOL)向上に貢献するシステム開発にも取り組み始めている。
また、地域の主要産業である農業分野も重要なテーマとしている。後継者不足や労働力不足といった課題に対し、AIを用いた「スマート農業」の導入を試みる事例が多い。具体的には、キュウリ、ブドウ、万願寺トウガラシなど、多様な農産物を対象にAIによる画像認識や収穫支援などの研究開発を行っている。

2025年度「地域課題解決型AI教育プログラム成果発表会」の発表資料
産業界では現在、課題解決にAIを導入するのは当然のこととなっている。小田教授も「AIのツールを用いると、これまで人が時間をかけてしていたことが本当に短期間で改善できると改めて実感しています。それで産業界では、生成AIを含めAIのブームのようになっていますね」と言う。そんな現在、AIを取り入れた久留米工業大学のPBLは、まさに実社会に即した問題解決力を養う学びといえるだろう。さらに、AIを適用する対象が仮データや仮課題ではなく実課題というPBLは希少だ。地域と連携してきた実績が豊富な大学でこそ可能なプログラムなのだ。
4.技術力とともに社会人力も向上
2025年度「AI実践プロジェクト」の受講者は2年生を中心に56名。またサポーターや指導役として、PBLを経験した上位年次の学生22名が加わっている。さらには、連携企業を中心に37名の社会人もPBLに取り組んでいる。16件のテーマに1名ずつの指導教員を合わせると、130名規模となっている。
他学科の学生、先輩学生や社会人といった異分野・異年齢のPBLには、AIの知識や技術の習得だけでなく、コミュニケーション力や課題発見力といったジェネリックスキルが自然に身につくことも期待していると小田教授は言う。実際、受講学生アンケートにおいて、「発想力」「企画力」「変革推進力」「自分に自信や肯定感を持つ」といった能力の自己評価が高まることが確認できている。中でも小田教授が注目するのが自己肯定感の向上だ。「現実の課題に取り組み、試行錯誤の末に解決策を導き出し、それが地域社会から評価されるという体験が、学生に自信を与えています。これはPBLの大きな効果だと考えています」。
5.大学院進学を含む主体的な進路選択
AI教育の強化による変化は、卒業後の進路にも現れ始めている。顕著なのは大学院進学率の上昇だ。国の支援(NIAD:高度情報専門人材の確保)を受け、修士課程電子情報システム工学専攻の定員を増やしてきたが、2026年度は20名の定員を充足する見込みだという。修士課程に進学した学生の7〜8割がPBLに参加しており、先輩が後輩を指導するPBLの体制が、進学への動機付けになっていると考えられるそうだ。「教育創造工学科という教員養成の学科から、教育分野にAIを導入するような研究をしたいと、電子情報システム工学専攻に進学した学生もいます」(小田教授)。学生が自ら課題を発見し、多様な関係者と協働しながら解決策を提案する経験を積むことで、自身のキャリアを主体的に設計する力も育まれていると小田教授は言う。
就職への影響については、AI教育を導入した2020年度に入学した学生が大学院の修士課程を修了したという時点なので、定量的な分析はこれからだ。ただ、小田教授の体感では、就職先の多様化が進んでいるという。「従来の『情報系ならソフトウェアハウス』といった固定概念を超え、さまざまな業界でDX推進役としての採用が増えているように感じます」。学生の意識の変化はもう少しはっきりしているようだ。「AIや先端技術を活用する企業への関心が高まり、業種横断的な就職活動が増えています。また、従来の安定志向から、ベンチャー企業や、先端技術を積極的に導入している企業のサービス・製造現場など、PBLでの経験を強みとして自らのスキルを活かせる場を主体的に選ぶようになっています」(小田教授)。
6.「技術力とウェルビーイング志向を備えた人材への成長」を目指す
「地域課題解決型AI教育プログラム」の人材育成の目標としては、「現場との橋渡しができるAI技術者」を掲げてきた。卒業生がそれぞれの職場でDXの推進にあたる際の「現場との橋渡し」には、各専門分野にAIを掛け合わせた幅広い知識・技能に加え、PBLを通じて身についたコミュニケーション力や課題発見力などの社会人力が大いに役立つことだろう。
今後の展開について小田教授は、「AI技術を活用して地域や社会のウェルビーイング向上に貢献できる実践的技術者」の育成を目指し、AI・ウェルビーイングと地域共創を柱に、地域企業、自治体、医療機関、教育機関との連携をいっそう深めつつ、久留米工業大学ならではの実践的な教育を発展させていきたいと語る。また、これまで培ってきた地域課題解決型PBLとコーオプ教育の実績を基盤として、他大学との連携や分野横断型プロジェクトも拡充していく予定だ。
「AI技術は急速に進化しており、教育内容についても最新動向を取り入れながら継続的にアップデートしていくことが重要です。生成AIをはじめとする新しい技術を適切に教育へ取り込み、学生が卒業後も学び続けられる力を育成していきたいと考えています。AIを学ぶことを目的化するのではなく、AIを活用して地域や社会に価値を創出できる人材を育成することが私たちの目標です」(小田教授)。





