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学ぶと働くをつなぐ授業拝見[Clip Number 013]日本女子大学

日本女子大学家政学部住居学科2年次必修科目「設計製図」

2022/09/20  タグ: ,  

日本女子大学家政学部住居学科の「設計製図」は、建築デザイン専攻・居住環境デザイン専攻共通の2年次の必修授業で、グループに分かれ個別指導や発表を通して自らの設計を進め、図面や模型を仕上げて最終講評に臨むものだ。建築学の視点だけでなく「家政学部住居学科」ならではの生活科学の専門性も加え、住宅や建築を「居住者や利用者の立場から考えてデザインする」力を養う科目の1つとして機能させている。

設計課題に1人ひとりが「スケッチ、図面、模型」で答える実習科目

日本女子大学家政学部住居学科の「設計製図」は、設計課題に対して1人ひとりエスキス(スケッチ、図面、模型などで設計の概要を示したもの)を作成し発表に至る実習科目だ。建築設計の基礎でありながら、与えられた課題を「設計」という形で解決するPBL(Problem Based Learning)的な要素もあり、設計案の意図を表現し説明するプレゼンテーション能力を含め、総合力が培われる。

2022年度シラバス抜粋

建築デザイン・居住環境デザイン両専攻混成のクラスで、学生は十数名のグループに分かれ、14回の授業で2つの課題に取り組む。各グループに教員が1人ずつついて、課題ごとのグループ講評会・全体講評会に向けて指導が進められる。

7月上旬、大学を訪問して授業を拝見した。前期の授業も残すところわずかという時期、学生はそれぞれ作成途中の模型や図面を前にしており、教室(設計スタジオ)は全体に静かで穏やかな雰囲気だった。



授業が行われているスタジオ(写真上)は、1926年建設の樟渓館内にある(写真下)。日比谷公会堂や早稲田大学大隈記念講堂で知られる建築家・佐藤功一の設計

この日の授業を担当する教員のうち薬袋美奈子教授は、自席にグループの学生を1人ひとり呼び寄せるスタイルで指導。模型や図面を見ながら、「ここは構造的に成り立つ?」「階段の幅はこれで足りてるの? ちょっと狭いように見えるから、よく確認して」などと指導を加えていく。「木造かRC造か、まだ決めてないんですけど……どっちがいいんでしょう?」という学生には「あなたはどっちがいいと思うの?」と問いかける。
また学生が、「一部だけ重なっているこの部分は、断面図にどう表現したらいいんでしょう」と質問したときには、「例えばここの断面を描くなら……」と自ら手を動かして見せつつ、「断面図の描き方、分かってる? テキストを見たりして、ちゃんと勉強して」と言葉をかけた。


薬袋教授による指導風景

他グループでは、「掃き出し窓はここに立ち上がりを取って、寸法は……」と示す教員を囲んで学生がノートを取る姿もあれば、学生1人ひとりの席に移動しながら話している教員もいる。コミュニケーションの形は教員それぞれだ。

基礎から積み重ね、思考の言語化にも気を配る

授業を拝見した中で最も印象的だったのが、「あなたはどっちがいいと思うの?」という薬袋教授の問いかけだ。学生自身が「こうしたい」という設計を否定することなく、その意図を学生が十分に表現することをサポートする指導姿勢を象徴するものだろう。「1年次で建築数学、建築物理などを履修し、演習・実習科目で図面のトレース、軸組模型の作成なども行い、この実習に必要な基礎的な知識やスキルは身についている。その前提で、個々の設計は当然尊重されます。その代わり、基礎をおろそかにしている学生には厳しいです」。その厳しさは、「断面図の描き方、分かってる?」というシーンに見えていた。

産学連携や地域連携のPBLでは、「成果を出すべき」という連携先に対する義務感や、「学生に成功体験を持たせ、自己効力感を高めたい」という教育的配慮から、教員が学生の企画(建築ならば設計)を尊重しきれないことがありがちだ。それについて薬袋教授は、「この授業での設計は『実現しないもの』ですから」と言い切る。極論すれば、設計に大きな欠陥があったところで、実際に施工するわけでも、その建物を誰かが利用するわけでもなく、誰にも被害は出ない。「あなたがいいと考えた方にすればいい」を貫けるわけだ。
PBLに求められる成果が具体的である場合、学生の自由な取組だけでは難しく、自由な発想を重視するのであれば、正規の授業で扱えるのは限定的になるというのが薬袋教授の考えだ。一方で、正課外で地域づくりなど学外と連携したいという有志の学生は支援しているという。

「設計製図」でもう1つ目に留まったのは、学生のエスキスに書き込まれた言葉の豊かさだ。講評会でのプレゼンテーションでは、言葉による表現も求められ、口頭の「言葉」と、資料に綴る「表題」「文章」とが必要となる。課題の内容にもよるのだろうが、卒業制作や学生コンペへの応募ではない通常授業で、これほどまとまった文章が書き込まれるエスキスは珍しいのではないだろうか。


Project Book 2021より

薬袋教授は、「空間から言葉を紡がせることには気を配っています。グループ講評会で『語る』だけでなく学生同士お互いの表現を『聞く』ことや、そこでの気づきをリアクションシートに書き込むことも含めて、思考を言語化させることを大切にしています」と言う。自らの設計と表現を相対化する、貴重な学びであり、コミュニケーション力の伸長にもつながるだろう。

一方で薬袋教授は「建築系学科では普通のやり方ではないでしょうか。この『設計製図』がとくに変わったことをしているとか、優れているとかではないと思います」とも言う。特徴があるとすれば、この科目を含むカリキュラムの全体像だろう。「工学部建築学科」とは違う「家政学部住居学科」らしさがある。

カリキュラムツリー(専門科目のみ)

住生活学、消費生活論、バリアフリーデザインを含む福祉関係など生活系の科目、総合学習の「建築と社会」などは、一般的な建築学科の専門教育課程にはあまり見られないものだ。「2024年度には『建築デザイン学部(仮称)』に改組する方針ですが、『家政』という言葉が学部名からなくなっても、『そこに生活する人のための建築』という基本は、大切に守っていきたいと考えています」(薬袋教授)。

コロナ禍での停滞が指摘される「対人基礎力」も大きく伸長

住居学科の建築デザイン専攻の学生の基礎力(ジェネリックスキル)の1年次(2019年度)から3年次(2021年度)の変化を見てみると、コンピテンシー総合および「対人基礎力」「対課題基礎力」のPROGスコアに大きな伸びが確認できる。「対自己基礎力」はほとんど伸びがないが、1年次の時点で3.8以上ときわめて高いレベルにあり、深刻な伸び悩みと言うには及ばないだろう。

薬袋教授は、対課題基礎力について「120年前の開学時、家政学部が日本の社会の課題解決を目指して創設されたというスピリットを受け継いで、すべての授業が行われている、ということがあるのではないかと思います」と分析し、対人基礎力、対自己基礎力の伸長についても建学の精神の反映を見てとる。
日本女子大学では幼稚園から大学院までを「生涯学習へと続く一貫教育」と打ち出し、創立者である成瀬仁蔵が唱えた三綱領「信念徹底」「自発創生」「協働奉仕」と「自念自動」を、各教育段階に通底させている。「自分で考えて自分で行動すること、自分の意見を持ち、それを自分の言葉で表現することは、中高はもちろん、幼稚園・小学校の段階からしっかりと教えられます。そういう教育を受けてきた附属高校出身者の考え・表現する力は、住居学科でも大いに活かされています」(薬袋教授)。大学も三綱領に基づく教育をしていることはもちろんだが、住居学科の学生の4割弱を占める附属高校出身者が、それ以外の学生を感化していくという要素も大きいという。

また全国の大学のデータでは、2019年度から2021年度の間、コロナ禍の影響で例年に比べ基礎力に停滞が見られ、とくに対人基礎力、対自己基礎力でそれが顕著であることが分かっている。同じ期間に住居学科では対人基礎力を大きく伸ばし、対自己基礎力を高いレベルに保っている理由として薬袋教授は、「設計演習の科目をzoomや対面で行い続けたことがポイント」と推測する。
2020年度は一時対面授業がまったくできなかったが、保護者会の援助を得て設備を整え、比較的早い時期にzoomでのオンライン演習を始めることができた。対面なら個別に対応するところ、zoomでは他の学生が見ている前での指導になる場合もあり、「学生にはかえって対面よりも厳しかったかもしれません」と薬袋教授は言う。
並行して薬袋教授は、学科長として対面授業の実施にも尽力した。「学生の孤立感を感じていました」と言い、感染拡大のリスクもあったが、学生のメンタル面を優先する判断をしたという。
「実はコロナ禍前の2018年度に、医学系や歯学系の他大学との合同で『異分野連携実践演習』を試行したとき、時間割の都合などでskypeで参加した学生がいました。その様子を観察して、オンラインでは最低限のやりとりはできても議論が深まらないことがよく分かりました。友達にはなれないというか。『最近の学生はデジタルネイティブだから、オンラインでも問題なく人間関係を構築できる』という説もありますが、全然そんなことはないと思います。そういった試行錯誤があったからこそ、『できるだけ対面で』という決断ができました」。

基礎力伸長の決め手は「学ぶと働く」のつながり方か

建築デザイン専攻のPROGスコアの伸長は、家政学部全学科の中でもひときわ目立っている。コンピテンシー総合で比較すると、家政学部全学科では+0.31、同じ住居学科の居住環境デザイン専攻が+0.38に対して、建築デザイン専攻のスコア伸長は+0.57だ。
住居学科の2つの専攻は、多くの授業科目が共通で、「設計製図」のように両専攻の学生が入り交じっている授業も多い。一方の専攻で必修の科目が他方では選択科目、という違いはあり、例えば個人作業の「設計製図」は両専攻必修だが、共同設計中心の科目は建築デザイン専攻のみ必修のものが多い。「卒業生アンケートなどを見ると、共同設計が学生に強い印象を残すことは確かで、対人基礎力の高さと関係があるのかもしれません。でも、それほど大きな影響ではないようにも思います」(薬袋教授)。建築士受験など、卒業で得られる資格条件も同じだ。それにもかかわらずPROGスコアにかなりの差が生じている理由は何だろうか。
残念ながら、拝見した授業そのものやカリキュラムの中に答えはなかったが、「学ぶと働くをつなぐ」観点から手がかりが得られた。卒業後の進路の違いだ。


「建築界のノーベル賞」ともいわれるプリツカー賞を受賞した世界的建築家・妹島和世氏を筆頭に、多くの著名な建築家を輩出。妹島氏設計のキャンパス施設は、住居学科生にとって良質な教材ともなる。学生が作成した冊子「JWU 120th Anniversary Architecture Guidebook」より

日本女子大学公式webサイトの学科紹介では、居住環境デザイン専攻は「快適な生活をデザインするゼネラリストへ」、建築デザイン専攻は「質の高い生活空間を生み出すスペシャリストへ」となっており、「学ぶ」と「働く」のつながり方の違いが表れている。実際に進路を見てみると、建築・住宅関連企業への就職が、建築デザイン専攻では就職者の約8割に対し、居住環境デザイン専攻では6割強だ。さらには、アトリエと呼ばれる設計事務所に就職するのは建築デザイン専攻が多く、居住環境デザイン専攻はハウスメーカーやインテリア系が中心。建築デザイン専攻は、大学院への進学率も高い。背景には、アトリエやゼネコン設計部は多くが修士修了を事実上の採用条件としていることがある。
居住環境デザイン専攻の進路は業種や職種の幅が広く、学びの活かし方もそれぞれであるため、在学中の「学ぶ」が卒業後の「働く」にどうつながるのかをイメージしにくい面があるのかもしれない。その点、建築のスペシャリスト=建築家という目標がある建築デザイン専攻のほうが、授業への積極性も高まり、「働く」に求められるジェネリックスキルを伸長させやすいとも考えられる。
住居学科の就職状況は良好なので、進路傾向の違いは学生の志向の違いをも反映している。同じカリキュラム・同じ授業でも、学生の志向によって学修成果が異なるという解釈もできそうだ。ジェネリックスキル開発やキャリア支援には、専攻ごとに異なる「学ぶと働く」のつながり方を視野に入れることが必要だと考えさせられる。
また、2024年度からは「建築デザイン学部 建築デザイン学科(仮称)」の1学科体制への改組を構想中であり、建築のスペシャリストとして働くことを望んで入学する学生が増えることも想定される。学生の志向の多様性は維持しつつ、ジェネリックスキルの伸びがいっそう大きくなることを期待したい。

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