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データサイエンスを学んだ人材が社会で活躍するために必要なこと
専門教育・非認知能力育成との融合も進展《「数理・データサイエンス・AI」は学ぶと働くをどう変えるか Vol.2》
2025/05/28
データサイエンス教育が注目を集めている。多くの大学・高専が文部科学省「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(MDASH)」の認定を受けているほか、データサイエンス関連の学部・学科・課程を新設する動きも盛んだ。Vol.1では「数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム」のミッションや、データサイエンス能力の汎用性などを中心に、コンソーシアムの企画推進ワーキンググループ主査の河合玲一郎氏(東京大学 数理・情報教育研究センター教授)、副主査の林和則氏(京都大学 国際高等教育院附属データ科学イノベーション教育研究センター教授)にお話しいただいた。Vol.2では従来の専門教育との関係、今後の展開や課題などについて引き続き両氏に聞く。
聞き手:近藤賢(「キャリアの広場」編集部)
対人能力の育成は重要か
―――データを使いこなすことは、人と協働したり、説明したり、不透明な状況で前進する自己効力感といった非認知能力と両輪ではないかとリアセックでは考えていますが、その点についてはいかがでしょうか。また、PBLやグループワークなどを通して非認知能力を育成するための工夫や、プログラムの設計上の工夫があれば教えていただけますでしょうか。
林 :非認知能力の重要性はそのとおりだと思いますが、非認知能力の育成を明確に考慮してカリキュラムが設計されているとは必ずしもいえません。
ただし、非認知能力そのものではないかもしれませんが、自分の主張や言いたいことをデータに基づいて説明し、相手を説得する・納得させるといった能力は、データサイエンスにおける重要な能力であると考えられています。
そうした能力は、働く人々が共通のゴールを目指しながらも多様な背景を持っているような状況で、特に必要とされるでしょう。PBLやグループワークは、そうした能力を育成するのに非常に適した場面だと思います。
河合:大学によっては1年生の必修科目でデータサイエンスにPBLやグループワークを取り入れ、学部が異なる学生でチームを作らせて話し合わせるような試みも行われています。これまでにも、学部に関係なく皆で履修する科目は低学年の一般教養などにありましたが、ただ講義を聞いて試験を受けて終わり、という形式が多かったと思います。それとは違って、対人能力などの非認知能力を育成する場を提供しているといえるかもしれません。
また、データサイエンスを低学年で全学共通で教えたり、コンソーシアムが策定したモデルカリキュラムに準拠した講義が日本全国で500近くの大学にて展開されていたりすることで、専門分野に進んだ後も共通言語を保ち、社会に出てもバラバラにならず、ある程度の意思疎通ができるようになるという点で、良い貢献ができるのではないかと感じています。
林 :確かに共通言語は非常に重要だと思います。例えば理系・文系の間には分断がありますが、帰納的な発想や考え方を皆が理解することで、少なくともこういうことが言えたらこんな結論に至れる、というルートが共有できれば、協働がしやすくなると思われます。
文系・理系それぞれの専門とデータサイエンス教育
―――経済学、法学といった従来の専門教育と、データサイエンスとの融合をどのように考えていらっしゃいますか。
林 :ごく基本的なデータサイエンスを学んだ後に実際に使おうとすると、すぐにドメイン知識が必要という壁に直面します。したがって、それぞれの学部なりで、どのようにデータサイエンスを活用できるかを教えていく必要があります。
それを前提とした上で、専門教育のカリキュラムも変えていく必要がどの分野でもあると感じます。例えば経済学部では、もともと統計学が重要視されているため、データサイエンスも専門教育として当然学ぶものとされてきました。しかし近年、全学共通のリテラシーレベルの科目が前提となったため、経済学部の専門科目はより専門的な内容に移行する動きがあります。
―――人文系の学生が算数や数学に強い抵抗感を持っていて、データサイエンスに興味を持てず、教えてもすぐにつまずいてしまうこともあると思います。実社会でこのように問題解決に役立つという具体的な事例をテーマにしたケーススタディなど、授業の工夫にはどのようなものがあるでしょうか。
河合:文学部で、文学作品にどんな言葉が多く出てくるかを調べるテキストマイニングを取り入れている事例はあると聞いています。別の事例として、就職活動に関するデータで興味を引かせるというのもあるようです。
―――ともすると、文系の学科はそのようにいろいろな工夫が必要で大変だ、しかし理系の学科、特に情報系の学科なら、これまで教えてきたことをこれまでどおりに教えれば良いといった誤解が生じがちにも感じます。
河合:従来の情報科学は、おそらく最先端の研究を目指して奥深く進んでいくイメージだと思います。しかし、私たちが現在行っている数理・データサイエンス・AI教育は、まずは広く浅く基礎的な内容を学んでほしいというイメージを持っています。
モデルカリキュラムを見ていただくと、数学、統計学、データベース、倫理・法規など、非常に多岐にわたって学ぶことがわかると思います。さまざまな研究分野の入口の部分を寄せ集めて、教育分野としているのが現在のデータサイエンスだと考えています。
林 :従来の情報工学科や工学部で、いま私たちがリテラシーレベルで教えているようなデータサイエンスを教えていたかというと、おそらくまったくそんなことはありません。そもそも統計学的なことを教える学部学科もほとんどなかったのですが、データサイエンスは統計学よりも非常に広い、分野横断的な領域です。目的は実世界の何らかの問題を解決することであり、そのための手段ないし考え方の1つとして教えているのが、現在のデータサイエンス教育です。要素技術を教えるというよりは、考え方というか、データに基づいて帰納的に推論を行おうとするとき、どういう建付けが必要で、最終的に解析するにはどんなデータを取ってきたら良いのかといったことも含めて、全体をフレームワークとして理解させたい。これはおそらく、理系文系問わず従前にはなかった教育だと思っています。
データサイエンスは「第4の科学」
―――データサイエンスが実世界の問題を解決する考え方の1つだとしたら、他の「考え方」とは違うデータサイエンスならではの学びの特徴はどこにあるのでしょうか。
林 :現在のデータサイエンスの講義内容のうち何割かは、20年、30年後にはそのまま通用しないものになっているかもしれません。しかし、その一方で、骨格となる部分は不変です。演繹的ではなく帰納的に物事を捉え、ロジックを組み立てる方法は、科学的方法論の根幹に関わるからです。
古典的な方法論として、演繹的思考による「理論科学」と帰納的思考による「実験科学」があり、比較的新しい3つめの方法論として、コンピュータを用いて演繹的アプローチをとる「シミュレーション科学」が存在します。そして、帰納的思考をサイバー空間で行うという、これまで存在しなかったアプローチこそが「データサイエンス」だと捉えることができます。
第4の科学といえるデータサイエンスが現代において可能になった背景には、インターネットや無線通信による豊富なデータ収集と、高度な計算要求に応えるコンピュータの計算能力の向上があります。この視点に立つと、データサイエンスは単なる流行ではなく、今後何百年にもわたって科学的方法論として受け継がれていくアプローチだと考えられます。この考え方を学ぶことは、社会において実学的に役立つだけでなく、各研究分野においても新たな視点や発展をもたらす可能性があります。ひいては、日本全体の国力向上にも貢献しうる学問だと私は考えています。
河合:いま林先生の言われた「研究分野においての発展」の近視眼的な例ですが、大学1年生・2年生の段階で表面的にでもデータサイエンスに触れておくと、卒業論文でこれまでとはまったく異なるレベルの成果を生み出す可能性があります。卒業研究などで統計分析やデータ分析を行う分野は多いですから。実際にそういった成果の事例も耳にしています。
今後は高大接続と企業連携を2本柱に
―――データサイエンス教育における今後の課題や、コンソーシアムの活動の展望をお聞かせください。
河合:コンソーシアムには、すでにかなり多くの大学・高専に参加いただいています。したがって今後は、これまでのような普及・啓蒙・展開から、さらに一歩進んで教育の質の向上、そして高等教育機関だけでなく、その入口にあたる高大接続、出口にあたる企業連携にも注力していく方針です。
入口の高大接続については、活動の1つとして高校の現場に行って、データサイエンスの重要性を紹介するだけではなく、早い段階で高校数学を放棄しないように啓蒙できないだろうかと考えています。理科・数学教育に重点を置くスーパーサイエンスハイスクールは別ですが、高校1年を終えた時点で数学を放棄してしまう生徒が少なくないのです。それで高校2年・3年と数学を履修せずにきて、大学でデータサイエンスの講義を履修するにも、技術的な項目については完全にお手上げ状態になってしまいます。データサイエンスを学ぶためにある程度いい状態で大学に入ってきてもらいたいですし、データサイエンス以前の問題として、多くの若者がかなり早い段階で数学を放棄してしまうことは、社会にとって大きな損失だと思います。
出口の企業連携については、啓蒙活動や講師派遣などを通じて、企業全体のデータリテラシー向上に貢献できればと考えています。例えば製造業のサプライチェーンでは、トップの大企業の下に下請け、孫請けと階層構造がありますが、データサイエンスのような高度な知識が必要なのは上の階層の企業だけだと、多くの人が誤解しているようです。実際には下請け企業にもデータサイエンスの知識やスキルがないと、サプライチェーン全体の足かせになってしまうといいます。
林 :MDASHは高等教育機関には普及していますが、企業側へのアウトリーチ活動はまだ強化していく必要があると感じています。
現在、経済産業省などを通じて企業との連携が進められており、地域ブロックごとの活動も活発化しています。個別の共同研究、PBLを通じて関係を築いた企業との連携を通じて、企業の認知度を向上させていくことも、認定プログラムを経た学生が将来活躍できる場の提供につながると考えています。